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つい最近、ラジオで、北海道の島が旅行者に人気がなくなってきた、という事を言っていた。何故なんだろうか。私たちの若い頃、というと1960年代から70年代にかけての頃だが、あの頃は北海道の島とか、伊豆の島々とか、結構島の旅が流行っていた気がする。かく言う私も、もう三十五年ほど前になるが、幼馴染と一緒に周遊券を使って、二週間ほどの北海道旅行に行った。その時、別の友人の勧めがあって礼文島へのコースも入れたのだ。上野から急行八甲田に乗り、明け方青森に着いて青函連絡船へ。函館から北海道の旅は始まった。苫小牧、支笏湖、小樽、積丹、札幌、稚内とまわり、稚内から船で礼文島の船泊へと向かった。リュックをしょって、ほとんどユースを使っての貧乏旅行だった。礼文島には三日ほどいた。船泊ユースに泊ったが、久種湖のほとりでキャンプをしている人たち数人と知り合い(その人たちはみんな一ヶ月とか二ヶ月とか長い間そこにいるらしかったが、あの頃はそんな人がたくさんいたのかも知れない)、野イチゴを摘んだり、魚釣りをしたり、その人たちがイカ釣り漁船に乗って(アルバイト)もらってきたイカをキャンプ場で料理して食べたり、もうほんとに楽しく夢のような時間を過ごした。その旅行の切符、ユースからの予約完了のはがき、時刻表などみんな箱に入れてとってあるが、それと一緒に入っているのが、礼文島の鉄府というところの海岸で拾った穴あき貝。ちょっと見渡しただけでここにもあそこにも、大きいのから一センチにも満たない二枚貝の貝殻にまで、まるでキリで開けたような丸い穴が開いているのだった。この穴はヒトデが開けるのだとユースで聞いたのでずっとそう思っていたが、インターネットで検索したら、なんとツメタガイ(タマガイ科)という貝の仕業だということが判明。穴あき貝は紐に通してお土産にもなっていたっけ。この旅行の思い出は礼文島がほとんどを占めているといってもいいくらい。帰ってきてからもしばらくは夢に浮かされているような感じだった。私自身はもう二度とあのようなすばらじい旅はできないだろうと思う。だから島の旅はお勧めなのだが。